豊かさとは

京都大学名誉教授 大阪工業大学情報科学部 学部長   氏



1.考察の動機

(a)従来の文明、特に20世紀文明への反省
   科学技術の発達と、それに寄りかかって効率化された先進団
   依然として貧困と人口爆発が続く途上国
   → 効率化・利便性増大の反両生じた、ゆとり・精神性の喪失など、さまざまな歪み
   → 途上国が先進国並みに発展したとしたら、エネルギー・資源・食糧・環境などの点で、破局しかない!
   20世紀型科学技術文明依存症(一種のバブル的症状)

(b)科学技術会議19号答申(1992年)
  −ソフト系科学技術の展開に向けて−(ソフトウェア:人間や集団の意.意志、を具体化したもの)
  ・人間存在と科学技術の間に生じたギャップ(乖離)の認識
  ・科学技術に対する人間の疎外感
  ・科学枝術の発展は、そのまま人間の幸福につながるか?

  「効率性のほかに、人間やその集団の特性の理解に基づいて、快適性や調和性を実現するための科学技術の研究開発が必要である」

   未来世代の要求.欲求に応えうる科学技術の研究・開発の必要性と、その困難さ
   → 科学技術の発展とその社会的インパクトの歴史的考察の必要性


2.“もの”の豊かさと“こころ”の豊かさ
   外と内との響き合い


“もの”:人間の外部の世界
“こころ”:人間の内部の世界

外部の世界と内部の世界の相互干渉

シャーキャムニ(釈尊):
官能・欲求の導くままに快楽にふけり、功利に執着する生き方も、専ら苦行に夢中になって精神的自由を得ようとすることも、ともに愚かしく無益である。

→ 仏教における“中道(八正道)”の教え
(農耕文明の伝統の中で、わが国では仏教の変質・安易化・現実妥協の流れが生まれる。絶対的・ 超越的存在を認める意識の希薄化など。)


3.“空間的・時間的“ゆとり”と豊かさ

生活・職場・交通などで空間的・時間的ゆとりと自由度が保障 されていること:

(a)住居や職場(オフィス)の面積が一定以上ある
   住居における個室と団欒の場

(b)白然と歴史・伝統を利便性と調和させた“まちづくり”
   自然と景観に恵まれた住居地は、人々の触れ合いの場

(c)交通機関の利用時にも、ゆとりがある
   利便性が良く、混雑しない通勤・通学手段

(d)自分の希望.好みに従って自由に使える時間が一定以上ある
   短い通勤・通学時間
   自由で長い余暇時間、安くて混雑しない余暇施設
   勤務先の都合に縛られない生活時間(会社人間からの脱却)

(e)自由時間を有効に使える施設・設備が整っている
   文化施設(図書館、美術館、音楽会場等)
   スポーツ施設、趣味と憩いと交歓の場(ゆとりプラザ、ゆとりネットなど)

4.安全性・安心感と豊かさ

自然災害及び人為災害に対する安全性・安定性・安心感が保障 されていること:

(a)自然災害(地震、津波、洪水等)に対する安全性の確保

(b)人為的災害に対する保護・保証ルールの確立(法律・規制等)
   ・犯罪に対する安全性
   ・資産の安全性(不動産、動産)

(c)保健・医療制度の確立

(d)バリア・フリーの確保
   ・障害者・高齢者・幼児・女性等、社会的弱者に対する
    利便性・安全性の提供
    (介助・リハビリ器具の整備、施設的・法律的保障など)
   ・複雑な装置・器具類の操作支援(適切なヒューマン・
    インターフェース、人的エラーの防止策の開発・整備など)
   ・先端技術等についての未熟練者に対する配慮(訓練機会の設定など)
   ・(技術)文明弱者に対する配慮

(e)消費者の立場の重視、消費者保護(PL法等)

(f)快適な地域環境・地球環境の保全
   有害物質の除去、良質な大気・水の確保、騒音の排除等
   エネルギー利用の合理化
   大量消費・大量廃棄・無駄づかいを抑えて、ライフスタイルの見直し
   自然.環境に優しい商品の奨励、リサイクルの促進・活性化
   公共交通・輸送機関の整備

5.多様性・公正感と豊かさ

生活(人間活動)における多様性と公正さが保障されていること:
 種々の規制緩和、地方・地区の白治
 市民権の保障と市民としての自律

(a)消費生活における多様性の確保
   ・流通の壁の除去、消費者に対する(国際的に)透明な
    情報の提供
   ・情報・通信システムの有効利用

(b)社会(行政)情報や企業情報の公開、透明性の確保
   情報の偏在・独占による不公正さの除去

(c)自律・自己選択・自己責任のシステムの確立
   公的システム(行政)や企業システムに安易に寄りかからない

(d)市民=“社会的存在としての個人”の自覚と実力の獲得
   (もたれ合いでなく)相互連帯・相互責任・相互扶助のネッ トワークの中に生きる市民としての自覚、自主的社会活動・ボランティア活動に対する配慮と支援
   社会ルールの尊重(互いに迷惑しないために)VS アメリカなどでのNIMBY(not ln my backyard)の顕著化

(e)多様性、公正 、市民意識を育てるための教育.学習機会の提供
   教育・学習における多様性・自主性.個性の尊重

視点:“ソフト系科学技術”とは、上記のような“豊かさ”の実現のために具体的な手段を提供する科学技術のことである

6.自然の中の豊かさ(自然・環境との共生)

人間も自然共生系の一員であり、“例外的な生き物”ではない
 cf.キリスト教:人間は神と同じ姿をした特別な存在であり、地上の管理を神から委ねられている
   西洋思想:ギリシャ哲学(プラトン)における“哲人政治思想”の一面的理解に基づく“優生学”などの悪影響

自然の動植物との共生なしには、人間も生存できない
 食料の確保、健康の維持、快適感(やすらぎ)、などなどバクテリアや寄生虫ですら、人間に必要である(あまりにも清潔な生活環境ゆえのトラブルの発生)

緑の自然環境に対する“あこがれ”とその中での“やすらぎ”(感性的・情緒的反応の本質)
 → 自然とふれ合う“ゆとり”の中で、“ こころの豊かさ ”を生み出す土壌を培うことができる

7.人々のふれ合いと豊かさ(人間どうしの共生)

小子化、高齢化、核家族化の趨勢の中で、現代社会は“人々の ふれ合い”の機会を喪失しつつある

 →(a)子供・青少年の社会性が育たない、社会常識・マナーの欠如、犯罪の増加
  (b)高齢者の孤立
  (c)家庭・地域社会の崩壊 cf.標準的アメリカ市民の生活:仕事、趣味、地域活動にそれぞれ1/3の時間を割く

 → (地域における)ふれ合いとコミュニケーションは、市民社会の成熟ための要件

“こころの豊かさ”は、自らが自律し得ていること、そして他の人に喜びを与え、社会に貢献し得ていると実感できるときに生まれる


8.豊かさを育てる(未来社会の構築に向けて)

(a)人々のふれ合いの中で、市民意識を育てる

(b)世代を越えたふれ合いとネットワークの中で、子供たちに社会経験.学習の機会を与える

(c)世代間のふれ合いは、高齢化社会にとっても不可欠の要請である

(d)資源・エネルギーの有効利用、リサイクル、廃棄物処理、環 境整備、教育、学習・文化活動、余暇利用、・・・ものごとを多面的に評価し、判断し(プラス・マイナスを合理性に基づいて評価し、判断する)ライフスタイルを白律的に創出する習慣の涵養 - 自律する個に基盤を置く
そして、“自律的まちづくり”(Sustainable City)
未来社会の創出は、市民意識の成熟の上に成り立つ

自律的“市民社会”

自らの判断に基づいて決定し、行動し、結果に責任を持つ−自主的・自律的判断・行動(自己実現)と自己責任
自己責任に基づいた社会的合意形成
合理性・自律性に基づいた集団間の利害調整
各自の判断を可能にする情報を公開すること
各自が判断能力を持ち、また責任能力を持つための教育・学習の機会を設けること(現実には、人材の不足が地方分権の隘路)
“豊かさ”は他から与えられるものでなく、自ら創り出すもので ある


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