フランス・ボルドーマネージメントスクールのシャミーヴァ教授は,「リスクという用語がフランスや日本社会で爆発的に増大した現代だが,リスクのもつ意味が正確に定義されないまま曖昧に使われている.リスクとは,ラテン語で,危険を認知し,そこをなんとか対処するという意味の“risico”,“risicus”と論争,紛争という意味の“rixicare”の二つのことばが原義で,リスクの本来のニュアンスである」と指摘している.1)また社会学者の吉田 純 京大教授によれば,「リスクの原義はルネサンス時代のイタリア語で「危険を冒しても,あえて新しいことをする」という意味だった.だが,近代社会でのリスクの意味合いは“自由な選択に伴う意図せざる結果”と定義できる」という.2)
確かに近代社会になって人々は封建的権威の束縛から解放され自由が拡大した.だが人々にチャンス拡大の反面,科学技術の発展もあいまってリスクも拡大した.わが国社会で最近氾濫するリスクの使われ方の実例を表1-1に示す. 3)このような社会用語としてのリスクの持つ背景やさまざまな問題については,本書の第3部「社会システムと産業技術リスク」において広範に論じることとしたい.
さて,欧米においては1970年代から,技術システムの安全を管理し,そのリスクマネージメントを実効化するために,科学的用語と称して主に工学的観点からリスクが定義され,リスクアセスメント手法が発展してきた.以下本章では,工学的な観点からのリスクの定義から始め,そのリスクマネージメントへの応用への基本的な考え方へと展開する.
リスクという言葉の持つさまざまな観点を分析してその重要な要素を抽出し,工学者の使用出来る用語としてのリスクに初めて言及したものは,世界中のさまざまな国,人々の生活や健康に関わる国連機関であるユネスコによる定義である.ユネスコの定義では,リスクを危険源(Hazard),脆弱性(Vulnerability),潜在的損失(Potential loss)の3つの要素の生成物(Product)として捉え,
Risk = Hazard×Vulnerability×Potential Loss (1-1)
と定義した.ここではリスクの意味を3つの要因に整理している. さらにS. Kaplan による次の定義は,科学的用語としてリスクの定量化を意識した出発点になる.
Risk= 〈 Si, Pi, Ci 〉, (i=1,2,・・・, N) (1-2)
ただしSi:i番目の事故シナリオ,Pi: i番目の事故シナリオの発生確率(頻度),Ci: i番目の事故シナリオが発生した場合の災害規模である.
災害による損失金額や死傷者などの異なったさまざまな被害の期待値は,(1-2)式をもとにした次式によりリスク値として表現できる.
高度に複雑化した現代社会では,激変する経営環境に対処する企業活動のリスク・マネージメントが求められています.その対象には,投資の失敗,人材流出などの予見できる経営上のリスク(利益も損失ももたらしうるビジネスリスク)と,自然災害,事故,労災のような予見不可能なリスク(一方的に損失のみをもたらす純粋リスク)があり,これらすべてのリスク(損失や危険の発生する可能性)を避けるために,雇用・人材活用,生産・販売・競争戦略,財務・税務戦略,情報・システム管理等,業務全体のあり方を向上しなければならない、とされています.
企業は,①豊かな社会への貢献,②ステークホールダ(利害関係者)との共生,③環境保全,④情報公開,という4つのグローバル化した行動規範に則し,不断に顧客価値の創造(顧客を満足させる製品・サービスの提供)を行うため,総合的品質管理(TQM)を中心とした経営品質の全体的向上を図るための迅速な経営改革が求められています.そこでは,従来の経営の3要素であるヒト・モノ・カネに加え,情報・トキ・企業文化を加えた6つの経営資源の適正配分が求められます.トキとは経営資源投入のタイミング,経営戦略実行の速さ,市場の状況や成熟度,経営環境への適応度,企業体制の良し悪しなどを含み,トキに対するリスクの大きさは経営環境の変化が大きいほど大きいのです.
ここでトキのリスクに対する経営改革の障害は,組織のヒューマンファクターです.それには①個人の障壁,②組織の障壁,③企業文化の障壁,④外部環境の障壁,の4つの障壁があります. 個人の障壁とは,変革に対する不安感,経験や慣れによる現状への安住,現状の権限・地位への執着,変革に対応できる技能の不足,技能習得に対する不安感,参加していないことに対する不満感,です. 組織の障害とは,経営ビジョン・方針の欠如,新たな経営環境に合うリーダーシップの不在,縦割り組織の壁,旧い経営環境での規則の残存,不的確なシステム・仕組み,官僚化,です. 企業文化の障壁とは,横並び思考,イノベーション志向の欠如,永い伝統や過去の成功・失敗体験の呪縛,自己過信,情報の個人的囲い込み,学習環境の欠如,減点主義,です. 外部環境の障壁とは,各種の規制,予想以上に早い環境変化,資金調達の難しさ,ステークホルダーの要求,です.
ここで考えるべきは、人は「変化」を拒むのでなく,「変化させられる」のを拒むという、人間の性(さが)です.人々が自ら進んで変革する意識を共有するには,①システム思考,②チーム学習,③メンタルモデルの変容,④ビジョンの共有,⑤自己実現,の5つを要素とする「学習する組織」への変容が求められます.
ここでは,公共性が高く,事故や災害発生時の社会的影響の大きいSafety-critical systemを対象にします。ですから,企業のリスクマネージメントの対象は,火災・爆発事故,放射能放出や環境汚染物質流出,脱線・衝突事故,墜落事故等々,一方的に損失のみをもたらす純粋リスクになります.
またSafety-critical systemは公共性が高い反面,地域住民,報道,規制当局等,企業と社会との関係が大変難しい分野を多く含んでいます.そこで、図3の周辺には社会との関係でとくに代表的な4つのキーワード(製造物責任法,CSR, 予防原則,内部告発保護法)を示しました.
最近,製造物責任法およびCSR(法令順守)により,企業活動の社会的責任の対象,範囲などがグローバルスタンダード化し急速に拡大しています.その中で「安全,安心の確保」の範囲が,最近の欧米流の「製品の品質保証」を基礎づける「顧客満足」という明示的でない基準で語られています.[4]これは簡単にいえば、「安全かどうかは売り手でなく買い手が決める」ことになり,買い手に有利な基準です.さらにEUでとくにドイツを中心にして環境倫理のイデオロギとして提唱されている「予防原則」は,「安全,安心の確保」のためにはたとえ軽微でも将来起こりうる被害を考慮に入れて負の要因を除去すべきである,負の要因が現実となる恐れのある技術の行使はすべて差し控えなければならない、という考え方になります.[5]この原則を厳格に適用すれば技術の負の要因をすべて除去することは原理的に不可能であり,科学技術の行使は一切不可能になります.ドイツでは原子力発電を廃絶する方向に国の政策が進んでいますが、政権与党に「予防原則」をもとに原子力発電を否定する環境保護運動を進める「緑の党」の影響が考えられます。
一方,企業の内部に目を向けると,企業内部で行われている不正を外部に報じる内部告発者の,公共的役割を認める内部告発保護法も施行されました.企業の事業のあり方について,企業の社会的責任についての倫理意識から企業内部の従業員からの告発行動も社会的に容認されるようになってきているのです.
こういった社会的動向の中で,Safety-critical systemのリスク概念に基づいた「社会の安心を希求する技術安全システム」には,その従事者組織が高い使命感をもった「学習する組織」へ変容することが重要な要件と考えられるようになってきました.欧米では原子力など高危険性産業への「学習する組織」を目指す研究プロジェクトが取り組まれました[6],[7].