シンビオ社会研究会 原子力WEB教材


教材(2)/2.リスクと安全性 のバックアップ(No.108)


_ 教材(2)リスクとリスクアセスメントの基本的な考え方

 

_ 2.リスクと安全性

現代産業システムでリスクアセスメントを行う目的は,とくに高度の安全性達成のためである.そこではしばしば「リスク=危険(安全性の反意語)」と捉えられている.それ自体は大筋で正しいが,危険が本来のリスクの意味ではない.そこで外来語であるリスクと安全性の関係について,国際安全規格での考え方を中心に述べる.

_ 2.1 国際規格に見る安全6),7)

ISO/IEC Guide 51やISO12100のような安全に関する国際規格では,「安全」とは「受け入れ不可能なリスクがないこと」と定義されている.そこでは,絶対安全は存在しえない.安全は,許容可能なレベルにリスクを低減することで達成されるという考え方が根本にある.そこで「許容可能なリスク」とは何かであるが,「所与の条件下で現在の社会的価値観に基づいて受け入れられるリスク」と定義されている.要するに許容可能なリスクは,絶対安全の理想と,製品,工程またはサービスが満たすべき要求ならびにユーザに提供すべき便益,合目的性,コストの効果性及び関連する社会的慣行のような要因との間で保たれたバランスの結果である.

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図1 安全と危険の狭間と許容可能なリスク
 
 
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図2 リスクの受容

人々が抱く安全と危険の間にはギャップがある.万人が安全と見なす領域と,逆に万人が危険と見なす領域には図1の上部に示すように不安な領域がある.また心理的なリスク認知は人によって異なる.この人によって異なる不安の程度をどのように取り扱うかが大きな問題である.しかしここでは心理的な問題には立ち入らず,絶対安全をリスクがゼロ,絶対危険がリスクが1と考え,図1の下部に示すように,安全の左側から危険の右側までリスクは直線的に上昇すると仮定する.そして,図の左から右の方向に大別して,(i) 無視可能なリスク,(ii) 広く受け入れ可能なリスク,(iii) 受容可能なリスク,(iv) 受け入れ不可能なリスクに線引きができると考える.

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図3 危険源、危険状態、危険事象の関係
 
 
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図4 リスクアセスメントとリスク低減プロセス

このようなリスク受容の線引きの実例として,国際放射線防護委員会(ICRP)による許容可能な放射線被曝量の勧告が有名である.そこでは図2に示すようなALARP(as low as reasonably practicable)と称する概念で線引き基準が議論されている.

安全に関する国際規格では,図1における「危険」の意味について,図3に示すように危険源,危険状態,危険事象の関係として捉えている.危険源とは,傷害または健康傷害を引き起こす潜在的根源であり,危険源に人が曝されることが危険状態であり,その際に安全方策の不足,不適切,故障,不具合によって危険事象が発生し,災害が発生すると考えている.国際規格では機械製品の安全設計について,図4に示すようにリスクアセスメントを行い,リスクを低減するサイクリックな設計プロセスを推奨している.図4中には安全設計におけるリスク分析とリスクアセスメントの違いについても示している.図中の各ブロックでの用語の意味や実施すべき事項については第2章で詳しく述べるが,まず,危険(ハザード)とリスクの意味の違いから説明する.

_ 2.2 ハザードとリスクの違い

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図5 リスクとハザードの違い

リスクアセスメントの用語の「ハザード」と「リスク」の意味の違いについて,図5を用いて説明する.ポリ塩化ビフェニールは工業化学で大量使用される化学原料であるが,これが人体の皮膚にかかると炎症を起こす危険化学物質である.図5ではこのポリ塩化ビフェニール入り密閉タンクをハザードとしている.ポリ塩化ビフェニールは危険源であるがタンクが健全である限り,人に危険な状態にはならない.しかしタンクがひび割れするとそこからポリ塩化ビフェニールが洩れ出ると危険事象であり,人がタンクのそばにいればその人は災害に遭遇する.これがリスクである.

ハザードがリスクを生み,災害として現実化するまでのシナリオにはどのようなものが考えられるのか? これ自体はリスク分析で扱う大きな仕事である.ハザードからリスクを考え,災害に到る様々なシナリオを考えることを「事故のモデル」と称している.事故のシナリオをできるだけ洩れなく検討することはリスク分析で必須の大きな作業である.

_ 2.3 科学的用語としてのリスクへの誤解と誤用

科学的用語としてのリスクは,要するに「危害の発生しうる確率およびその危害の酷さの組み合わせ」である.また,その定義からリスクは社会統計のような現実の実績値ではなく,本来は将来的な予測値である.しかし社会的にはリスクに対してさまざまな誤解,誤用が見られる.これらの実例を以下に列挙する.

①社会統計の数値と予測値のリスクとを意識的ないし無意識的に混用する.自動車事故の死亡統計に,原子力PRAの結果を比較して原発は自動車より安全という場合である.即死者数の推定で関心のある災害のリスクを小さく見せる効果はあるだろうが,原子力PRAで予測している原発災害の死亡者数は,本来,自動車事故での死亡者数統計のような社会統計ではない.

②用語の定義や,問題の仮定のとり方で誤解を与える.用語の定義ではハザードとリスクとを混同することが相当する.聞き手にリスク値を現実に発生する確率と誤解させるのは,①と同様である.また,リスクアセスメントといいながら都合の悪いシナリオを評価することを避けることもありうるので,リスク算定におけるシナリオの立て方,網羅性に注意する必要がある.

③死者数の大小で比較するなどのやり方によってリスクアセスメントをすること自体に,人の不幸を軽んじるのかと社会的な反発を招く.

④受け入れ可能なリスクに合意がないと,リスクと安全は関係付けられない.

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