シンビオ社会研究会 原子力WEB教材


教材/共生のインタフェース のバックアップ(No.2)


_ 共生のインタフェース

― HLWリスクコミュニケーションへのITの利用 ―

_ 1.はじめに

 共生という言葉は元来生物学の用語で複数種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象を指す。一般的には相互に利益を与えあう相利共生が有名で、日常語として共生はこれを指すことが多い[1]。最近は原義から派生して人間社会での様々な考えの異なる集団の間の望ましい関係構築への願望を込めて使用されることが多い。筆者らの活動も流れは同じである。本稿では「科学技術と人間・社会・環境との調和」を志向したヒューマンインタフェース研究からの共生へのアプローチを紹介する。

_ 2.共生の概念とHIとの関係、アクテイビテイ

 ここでは、「科学技術と人間・社会・環境との調和」を志向したヒューマンインタフェースとして、何も人間本来の五感を欺いたり、新感覚を生み出すような新たなヒューマンインタフェースデバイスやシステムの創成を志向している訳ではない。また世界をあまねくコンピュータ化するユビキタス社会を志向しているわけでもない。そういう意味のHIフロンテイアではなくて、実社会指向の新たなHI概念創成を志向している。その方向はピーター・センゲの「学習する組織」[2]、杉万俊夫らの「活動理論による現場研究」[3]に近い、社会実践活動へのHIサソエテイからの取り組みである。

 社会の人々の集団が、お互いの立場の認識を深め、お互いを認め合いながら、お互いに高めあい、お互いが生き甲斐を感じ、日々の生活を豊かにしていくために、どのようにお互いのコミュニケーションを豊かにしたらよいか、どのような新たなコミュニケーションの手段を創成していけば良いか。これを研究者同士の交流、実社会との交流で試行錯誤していく。

 本稿では、とくに将来を担う若い世代同士が実社会で解決のなかなか難しいジレンマ性のある問題を自発学習し、解決策を共考してそれぞれの明日への糧を体得していくというコミュニケーション用ヒューマンインタフェースを協同型E-ラーニングシステムとして開発し、社会実験に供した経験の一端を、以下に紹介する。

_ 3.協同型E-ラーニングシステムの開発

 本稿で紹介する協同型E-ラーニングシステムは、①HLWリスクコミュニケーションのためのWebsiteと、②デイベートからブレインストーミングへと発展する協同学習支援システムの2つである。システム開発の経過では②のほうが古いが、後述の4のインタネット実験との関係から、順序を変えて以下にそれぞれのシステム開発の経緯を説明する。

_ 3.1 HLWリスクコミュニケーション

 原子力発電に関わる環境問題のリスクコミュニケーションのためのWebsiteである。HLWとは、原子力発電所運転で派生する高レベル放射性廃棄物(High-level radioactive waste)のことである。HLWは原子力発電所の原子炉で使用された燃料(使用済み燃料)ないしこれを再処理して再利用できるウランやプルトニウムを取り出した後に残る放射能の高い廃液を指す。後者は通常ガラス固化体として取り出される。このHLWは、発熱も高く放射能も1000年以上経たないと無害レベルに減衰しない厄介物でこれをコンクリートなどで厳重に固めて地下数百メートルに埋めること(HLW地層処分)が問題である。政府や電力会社は2000年12月以来その埋め立て処分地を引き受けてもよい自治体を莫大な補助金つきでそこが適地かどうか調査することを公募中だが、過疎地の自治体の町長が名乗りを上げても住民の反対運動にあってすぐに立ち消えになっていまだに見通しがついていない。

 そこで最近、社会へのインタネット普及に鑑みてHLWリスクコミュニケーションのためにアフェクテイブインタフェースの概念に基づいて社会啓発用Website[4]を以下の方針で作成した。①一般社会にはHLW地層処分の知識は普及していないという前提でまずその必要性や技術内容に関する関連知識をビデオクリップを交えて分かりやすく解説するページ、②一般社会にはHLW地層処分に反対する人々が主な反対根拠として上げられている技術的安全性、経済性、将来世代の負担、地域格差、地震国故の適地のないことなどについて、HLW地層処分推進側と反対側の意見のやりとりを、町内会のおばさんと心配する子供のキャラクターの対話で紹介するページ、③Websiteにアクセスした人たちがハンドルネームで自由に意見を交換するチャット、④その他推進、反対の立場のWebsite閲覧機能やキーワード検索機能を設けた。作成したWebsite[5]は現在も閲覧可能である。

_ 3.2 デイベートからブレインストーミングへ

(1) デイベートについて

 デイベートとは、特定の命題の当否について賛成と反対の立場を固定しお互いに討論し、議論の勝ち負けを競う知的ゲームである。デイベートは通常は2,3人のメンバで賛成、反対のチームを構成し、賛成、反対のチームから1名ずつ定められた順序で交互に演壇に登場して議論を展開しあう。デイベートに勝つには相手の議論の弱点を巧く突く、逆に自分の議論を守るために有利な論点を張るなどテクニックを要する。日本は、聖徳太子の時代から集団の和を尊ぶ国柄で人を面前で言い負かしたり、自分の立場を譲らないといった態度を伝統的に嫌うためか、人前で自分を主張するのに控えめな国民である。そのため外国人と混ざると日本人は無口になりがちだが、欧米諸国では別にデイベートと身構えなくても日常教室で質問や意見を出さない学生は、回りから知能が低いと見なされる。歴史、文化の相違から考え方の異なる外国人を理解し、自分の考え方を相手に正しく伝え、意見の違いがあっても相互理解を深めるようにならなければならない。単に国際関係だけ引き合いに出したが、意見の異なるもの同士の「自立と共生」は目下の国会だけでなくあらゆる場面で必要である。

(2) デイベート支援システム

 デイベートを学校教育に適用すると生徒や学生の総合力を高める効果があることから、学校教育でよく利用されている。相手に討論で勝つための論理的な議論力の育成、異見に対する理解と寛容性の育成、問題発見能力・問題分析力の涵養で、要するに「クリテイカルシンキング」の育成に効果があるとされている。そこでデイベートの教育効果に着目して、コンピュータでデイベート実施を支援するシステムDEEV[6]を作成し、様々な応用を行ってきた。デイベートをコンピュータ支援するシステムは、①教室で用いると一度にすべての学生が平等にデイベートの経験をつめること、②学生のデイベートの経過がすべてコンピュータに電子記録として残るために、教育に当たる教員の各学生の評価もコンピュータベースで行えること、③教員の評価記録も含めデイベート記録の閲覧や再利用が容易になる、というメリットがある。以上のメリット以外の筆者らの開発したDEEVの主な特徴は、以下のようなものである。

①複数のメデイアルームで一度に多数の学生が同時にデイベート実施が可能である(同期集中型利用)。②インタネット機能を用いれば遠隔地のユーザ間でも同時にデイベートが可能である(同期分散型利用)。③デイベートの進行はメニュー画面に従って制御される。インタフェース画面は、日本語、英語、中国語いずれでも可能であり、語学教育にも適用可能である(言語間の翻訳機能はない)。④デイベートの実践力を高めるために、ツールミンの議論モデルによって予め構造化したメニュー画面で入力するように設計されている(ツールミンによれば、よい議論は、主張、論拠、根拠の3要素がバランス良く構成すべきとしている)。⑤デイベートで学生に予め与えるテーマ、賛成、反対の立場、学生のグループ分けは、各学生がそのテーマについて自分が本来抱く考え、学生同士の仲間関係などとは関係なく教員が設定する。各学生はデイベートに先立って与えられたテーマ、立場で議論に勝てるように広く予習する時間を与えている。⑥学生には、また、与えられたテーマに対する自分自身の意見をデイベート前とデイベート後にシステムに入力するようになっている。これによってデイベート実施によって自分の考えがどれほど深まったか、そうでもなかったかを自問できる。⑦学生間のデイベートでは相手の氏名は匿名にされるので、演壇での発言と異なって相手の顔色を窺って言い方を変えることなく思ったことがいえる。しかし、相手を侮蔑したり感情的な発言は評価を下げると注意してある。⑧デイベート評価システムでは、教員側の採点の負担を軽減するためにメニュー方式で予め評価の観点を整理し、ラジオボタンによる段階評価を主体としている。統計処理を自動化する機能も付与されている。

(3) デイベートからブレインストーミングへの接続

 以上の考えで開発されたDEEVは、すでに教育現場で活用されている。とくに京都大学大学院エネルギー科学研究科では修士課程の「エネルギー社会・環境科学通論I,II」で、エネルギー科学の諸技術の動向とエネルギー利用の社会・環境的側面についてオムニバス講義ののち、ジレンマ性の大きいエネルギー環境問題の政策課題を対象に学生間でDEEVを用いたデイベートを実施している。ここで設定されるデイベート課題は、いちがいに賛成、反対のいずれか一方が有利な議論のできるものではない命題が選択される。このような賛否相半ばするテーマで議論すると、学生諸君の間では「言い放しの議論で終わるのは消化不良になる.弁証法的発展でアウフヘーベンできないのか?(つまりどうしたらよくなるのかを考えたくなる。)」という意見が出てくる。またデイベート議論を沢山の学生が行うと、政策課題の長所、短所が洗いざらい提起されるのでこの記録を出発点に、学生たちが集まってブレインストーミングしたら、提起した政策課題を凌駕するすばらしいアイデアが創出されるかも知れない。

 以上のような考えで、DEEVから発展してブレインストーミングで難問を解決するアイデア創発を支援するシステムの開発を進めている。ブレインストーミングには、KJ法やブレインライテング法など様々な手法があるが、発散的思考と収束的思考とに分かれる。ここでは、コンピュータを利用するブレインストーミングシステムを、次のような前提で進めた。①全員参加、②発散的思考から収束的思考に進める、③個々の学生が過去のデイベート記録を閲覧して長所、短所を広く認識できるようにする、④個々の学生が自分の考えで最も良いと考える新たな解決策(アイデア)を小論文として纏め上げる、⑤前述の③や④では個人作業になってしまうので、過去のデイベート記録や個々人の小作文を全員が一堂に会して聴講する機能として仮想デイベート会場を設ける。全員参加の発散的思考のブレインストーミング法としては、635法[6]によるブレインライテング(6人が3つのアイデアをカードに5分間以内に書き、隣の人に同時に回していく(30分間で6x3x6=108のアイデアが生産される)を参考にした。また仮想デイベート会場とは、キャラクターが身振りを交えてデイベート記録や小作文記録を合成音声で読み上げていくシーンをプロジェクタ投影するものである。デイベートからブレインストーミングに到るシステム構成は、図1のようなものである。

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図1 Eラーニングシステムの全体構成

_ 4.HLWリスクコミュニケーションのインターネット社会実験

 原子力に関するリスクコミュニケーションは、原子力発電事業の当事者と一般市民の間でホットな課題である。一つは現在の原子力発電を行っている立地地域で原子力発電のトラブルや事故を巡って不安感があり、日常のトラブル情報を公開して地域住民の意見を発電所の安全運転のあり方に反映しようというもの、過日の大地震で発電所が損傷を受けたが今後発電所をどのように修理し、地震対策を施せば今後も生じうる大地震にも大丈夫かを地域住民も安心できるかを国の規制のありかたも含めて対策を考えて発電所の運転再開に合意を得るといった問題もあるが、HLW地層処分問題は、現在の世代のみならず1000年規模の将来世代にもまたがる異質な環境問題である。

 そこで前節に述べたHLW地層処分問題の社会啓発用Websiteを、滋賀県立膳所高校の生徒諸君16名に予め閲覧して貰い、滋賀県で実際にあった時事問題(滋賀県余呉町の町長が)HLW地層処分場の調査候補地として2005年12月に名乗りを上げようとしたが、滋賀県知事および地域住民の反対にあった取り下げた事件)を題材に、「余呉町はHLW地層処分場を誘致すべきである。是か否か」をテーマに、2008年4月28日にDEEVによりデイベートを行って貰った。生徒諸君がデイベートで上げた代表的な賛成、反対の意見は、表1のようなものであった。

table1.png

表 1 余呉町にHLW処分場を誘致する?

 賛成、反対を問わず生徒諸君の個人的感想では等しく次のような疑問を提起していた。①何故日本はHLW地層処分を選択せねばならないのか?②何故HLW処分場の決定は自治体の自発的申し出で決めないといけないのか?③何故HLW地層処分法が1000年以上にわたって安全と証明できるのか?

 膳所高生諸君の疑問はもっともなものである。そこでこれらの疑問にどのように答えるべきかを、エネルギー科学の将来を担うべき大学院エネルギー科学研究科博士課程1年生の諸君7名にブレインストーミングして貰った(注:ブレインストーミングシステムは用いていない。むしろそのシステムの設計を考えるために行ったもので、学生諸君には膳所高生のDEEVによるデイベート記録を事前に閲覧して貰い、どんな疑問を高校生が抱いているのか、エネルギーを専攻する先輩としてどのようにアドバイスすべきか、自分自らが将来のエネルギー研究者としてどのように日頃の研究姿勢に反映すべきかを考えて貰うことに主眼をおいた)。以下博士課程学生がまとめた回答を個々に紹介する。

(1)HLWを地層処分する理由

  • 地層処分せずにHLWを地表に置いておけば1956年に旧ソ連で起こったウラルの惨事のような酷い核事故やテロリストに悪用される可能性がある
  • 海洋底に沈める、深宇宙空間にばらまく、南極に置く、国外移動は国際条約で禁止されている

(2)1000年以上安全に深地下に処分して安全か

  • 絶対安全というのはできない。また万人が賛同する安全基準を定義すること自体が困難
  • 1000年どころか20億年も地中に放射能が安定に存在したことはアフリカのオクロの天然原子炉の事実が証明している
  • 現在HLWを減らすか消滅させるための新たな研究開発が始まっている。これが成功すれば現在の地層処分ももっと負荷の少ない技術に置き換えられるだろう

(3)何故自治体の自発的申し出で決めるのか?

  • 政府が頭ごなしに特定自治体に決定するのは強制的だ。逆にどこでも埋められる場所はあるので機会均等にしているのだろう。あるいは日本のだれもがHLW処分のような公共的課題の決定に積極的に関与してもらうためだろう

_ 5.おわりに

 作成したコミュニケーションシステムを用いて行ったインタネット社会実験のテーマは、国内および世界規模の難しい環境問題を対象にしたものだった。また、その結果は「共生」を図るリスクコミュニケーションのために何をもっと深く考えるべきか、について、実際に参加した若い世代のそれぞれの個人が自省し、認識して貰う上で効果はあったと考えている。

_ 参考文献

[1] フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

[2] Senge, P.:The fifth discipline, Doubleday, New York, (1990).

[3] 杉万俊夫編著:コミュニテイのグループ・ダイナミックス、京都大学学術出版会(2006年1月).

[4] 久郷明秀、他:Webシステムを使ったアフェクテイブなリスクコミュニケーションモデルの開発と実験、ヒューマンインタフェース学会論文誌,Vol.3(2),pp.30-37(2005).

[5] http://hlw.jpn.org/hlw/index.shtml

[6] Yoshikawa, H.et al: Development of computerized debate support system and its application for real lecture gorgraduate school students, HCII2005, (2005), CD-ROM.

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