東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻 教授 古田 一雄 先生
まず、原子力の安全問題はこれまでの安全工学の枠組みだけでは解決できないという指摘があった。すなわちこれまでの安全工学の枠組みは社会的側面の視野が欠落していたが、原子力の安全問題では社会的受容・認知の問題の解決が避けて通れない。実際、チェルノブイリ事故(1986)、JCO臨界事故(1999)等の原子力関連の事故には技術的な問題の背景に、ヒューマンエラーや組織体制といった社会的な問題が絡んでいた。未然にこれらの事故を防止するためには技術的側面、社会的側面の両方を視野に入れた原子力安全の枠組み、組織的・社会的リスクマネジメントプログラムの有効性評価、原子力安全に関するリスクコミュニケーションを提案し、開発していく必要がある。これらを受けて本年度より5年計画で社会技術システム・ミッションプログラム特定研究課題「原子力安全システムの総合的設計」がスタートし、(@)原子力安全の体系化と情報共有(A)危機管理システムの評価手法と支援(B)原子力の社会的受容・合意形成過程(C)放射性廃棄物処分安全の社会的受容性の4項目について研究を行うこととしている。
講演では特に(A)、(B)を中心に、原子力防災には原子力災害特別措置法の制定、緊急事態宣言などの基準・責任の明確化、オフサイトセンターの設置と防災専門官制度の必要性を述べた後、具体的な運用方法の設計、防災訓練の方法と内容、防災専門官の教育訓練に体系的検討が不足していると指摘して、これらの解決のために構想している緊急時行動シミュレーターの設計研究の説明があった。対象となるシミュレーターは(1)人間・組織シミュレーター(2)現象シミュレーター(3)GISサーバー(4)情報提示モジュールの4つを基本に共通のフレームワークを形成している。シミュレーターで重要となるのは住民行動の特性と社会的な合意形成のモデル化である。まず住民行動特性調査としてこれまでの一次産業事故、災害事例より人間行動の特性抽出が行われた。住民の行動決定モデルには観測、解釈・計画、実行の三段階を考慮し、観測には情報内容、発信源を、解釈・計画には受け手の属性、環境状況を考慮し、これらを踏まえて住民の対処行動(実行)についてシミュレーションを行う。また社会的な合意形成に関しては、社会的意思決定方式が市民参加型で合理的、効率的な決定を伝えるのが課題である。合意形成過程の標準的分析法は確立されてないため研究では参加者の個々の発言を局所的な論理構造表現するスキーマにあてはめてプロトコル分析を行った。次に多数のスキーマブロックをボトムアップ形式で組み上げ会議全体の論理構造を構築した。合意形成過程は(1)発散的意思表明(2)初期合意の検索(3)説得または妥協(4)合意の具体化の四段階を共通パターンとし合意形成過程のモデルを構築することができた。分析対象となったのは「有明海のり不作など対策調査検討委員会」、「21世紀のたばこ対策検討会」、及び「容器包装リサイクルシステム検討会」であった。最後に研究の意義についてのコメントがあり、リスクが合理的かつ公正な方法で管理された「リスクに配慮した社会」(RAS)と、リスクに配慮した社会に不可欠な概念的・技術的基盤の確立に貢献することが研究の意義とされた。