2002年7月12-13日に京都市・京大会館で開催の「原子力プラントの運転と保守点検の高度化に関するワークショップ」(日本学術振興会京大−ソウル国立大学拠点大学事業(エネルギー理工学):原子力計装制御サブタスクによる企画)では、「電力自由化時代に原子力発電の運転保守技術はどのように高度化すべきか?」と題するパネル討論を、日本の電力、メーカの関連技術者と日韓の大学研究者の参加で行いました。当日のパネル討論の趣旨は参考文献(1)に譲り、本稿では当日のパネル討論でのパネリストから得た知見とフロアを交えた討論を発展して以下の問題を展望します。
電力事業の自由化は1990年代以降の世界的潮流であり、日韓両国でも電力自由化への変化が始まっている。 韓国と日本の相違を明らかにしておくと、日本では電力事業は当初から民間ベースであるのに対し、韓国では国営企業KEPCOの段階的な民営分離化である。 韓国での原子力は水力とともに電力自由化後もパブリックセクタで維持される。 日本での原子力は民間事業として、原子力発電だけでなく濃縮、再処理、高速炉、廃棄物処理の燃料サイクルまで含むのに対し、韓国では軽水炉発電のみのワンスルー路線である。 そして地球温暖化防止国際条約との関連で言えば京都プロトコル署名国の対象外であるが、日本は京都プロトコルへの署名国である。 日本はその批准を本年6月に行ったので、2010年には、1990年比で6%の地球温暖化ガス排出削減を達成せねばならない。 以上は、韓国に比較して、日本での電力自由化と原子力との関わりを一層複雑にしており、その議論の背景にはさらに日本での原子力の社会的受容が困難な情勢がある。
韓国では、従来、韓KEP、送電、配電を統合する独占形態であったが、「安全で信頼性のある電力システムを維持しつつ、電力供給産業の経済的効率の向上」をはかるために、電力事業の再編を2001年から開始した。 韓国では2001年4月からKEPCOの発電部門を複数会社に分離(原子力と水力発電はパブリックセクタによる会社、火力を地域別に5社に分離)し、発電プール市場を形成、韓国電力は送配電を行う形態に変更している。 また、2003年にはKEPCOの配電部門を地域供給責任のある複数の配電会社に分離するとともに、一定規模以上の需要家は電力卸市場から直接購入できるシステムに変更、さらに2009年以降は地域配電会社のフランチャイズ制も廃止し小売市場を自由化する計画である。 一方、日本では1951年以来の9電力会社による地域独占の形態から1995年に卸電力への入札による参入、そして2000年3月より全体販売電力量の約30%を占める特別高圧需要家への小売りの自由化が開始された。 このシステムは2003年以降2007年までに見直して自由化の範囲を進めることとしている。
日本での電力自由化は、海外と比較して電力料金水準が高いことから1990年代後半より通産省(現・経産省)主導でその引き下げを意図して進められているようである。 為替レートベースの電力料金の国際比較を図1に示す。また料金の裏側の費用構造を、日米で比較したデータを表1に示す。
図1 電力料金の国際比較
資本関連費 | 人件費 | 燃料費 | 購入電力費 | その他 | |
日本 | 39 | 13 | 10 | 11 | 26 |
米国 | 22 | 9 | 15 | 21 | 33 |
以上を背景に1995年および1999年の2度にわたり電気事業法の改正が行われて電力自由化が進展している。 1995年の法改正では、電力会社が電源調達に際し入札により新規参入者を認めるとともに、特定地域で電気の小売供給を行う事業を認め、2000年3月21日に開始の現在制度では販売電力量の3割程度を占める特別高圧需要者への電力小売が自由化され、従来の地域独占体制から電力市場の部分的自由化が開始された。 この発足では制度開始後、概ね3年後を目途に自由化の範囲および自由化に関連する制度内容等を検証した上で、部分自由化の範囲の拡大、全面自由化およびプール市場の創設の是非を検討することとしており、総合資源エネルギー調査会電気事業分科会で検討中である。 それに対し、電力自由化が価格、顧客サービス、設備投資、信頼度、エネルギーセキュリティ、環境、ユニバーサルサービスに及ぼす影響を検討するとともに、自由化政策の検討では、電力自由化と環境保全、エネルギー・セキュリテイ確保の調和をはかる上でとりわけ原子力の位置づけを明確にすべきであると指摘されている(2)。これには、原子力発電の費用構造が火力発電に比し、立地計画から建設開始へのリードタイムの長さ、プラント建設コスト/燃料コストの比が大きいこと、さらに将来の再処理、長期にわたる廃棄物処理処分への費用引き当てなど、他の電源と比較すると、原子力は、初期の投下資本が極めて高額でその回収が極めて長期にわたることから、短期間での資金回収をベースとする自由化市場では回収不能コストが生じうるので、明らかに不利となることが背景にある。 とくに既設プラントは他電源と十分競争力はあるが、原子力プラントの新設は難しくなると予想されている。
図2 日本の発電電力量の電源別内訳履歴
一方、総合資源エネルギー調査会では、地球温暖化防止へのエネルギー部門での温暖化ガス排出削減に原子力発電の一層の寄与を期待しているが、2010年への予測を入れた日本の発電電力量の電源別内訳履歴を、図2に示す。すなわち、COP3への対応から今後の原子力は2010年に総発電量の40%強としている。
しかし、国民には原子力が炭酸ガスを排出しないこと、地球温暖化防止に効果的なことが、新エネや省エネほどは正しく認知されていないことが社会調査により指摘されている(3)。これにはJCO事故もあいまってメデイアの原子力報道によって「反原発=環境派」のイメージが浸透し、原子力の社会的受容性は悪化し新規原発の立地は予定のように進まない。 そこへ経済政策としての電力自由化の動きで問題を複雑化している。電力自由化で原子力が不利になることから、電力自由化の一層の導入は次のような問題をもたらしうる。 @もし電力自由化が成功して電力価格が低下すればその結果としておそらく電力需要量が増える、Aしかし投資回収に時間の掛かる原子力には民間事業は手を出さないだろうから増える電力需要にはきっと天然ガス火力等で対応するだろう。 それではこれから炭酸ガス削減はどのように達成するのか?要するに国としての環境政策と経済政策間の不整合で本来志向する地球温暖化防止と逆行する方向に社会が移行していく懸念がある。
以上のような問題を抱えている日本の原子力産業界では、原子力開発の意義への社会的認識を向上させるためにも、「安全性・信頼性の向上と経済性向上の両立」の達成は大きな 課題であり、韓国においても当然求められる課題である.以下ではこの目標の観点から、とくに軽水炉型原子力発電所の運転・保守に絞って、その方向での取り組みの現状と今後課題を展望する。
燃料サイクルコストを考慮した原子力発電のコスト構造は表2のようになる。
項目 | 説明 |
資本コスト | プラントの初期建設およびその後の改造に関わる費用 |
燃料コスト | 電力生産に使用する燃料に関わる費用 |
運転・保守コスト | プラント運転に関わる日常費用 |
再処理コスト | 使用済み燃料の再処理に関わる費用 |
廃棄物処理処分コスト | 電力生産以外の廃棄物として副産物の処理処分に関わる費用 |
廃炉コスト | プラントの廃炉処分に関わる費用 |
なお、表2は簡単な会計分類であり、実際にはそれぞれのコストを固定費用と可変費用に分けて精緻化してコスト分析し、コスト構造の把握に努めるべきである。 しかし、このようなコスト分析を行わずとも、運転・保守費の低減に効果的手段は次の3つである。
1979年のTMI-2号機事故以来、原子力の安全性向上に真剣に取り組んだ米国ではその運転成績の最近の向上には目を見張るものがある。 図3と図4にはここ10年余の各国別の設備利用率と計画外炉停止率の推移を示し、一方、図5に日米の1基当たりの被曝線量の推移の比較を示す。 ここでこれらの図から読み取れる主な事項を以下に列挙する。
図3 各国別の設備利用率の推移
図4 各国別の計画外炉停止率の推移
図5 1基あたりの被爆線量の推移の日米の比較
上記で日本の計画外炉停止率は最も少ないが稼働率が米国、ドイツ、韓国より低い理由として以下のような問題が指摘されている。
米国ではリスクベースの保守点検の採用で定検期間の短縮と安全性の両立を指向してきた。米国の定検期間は平均値で1991年には69日が1999年では38日に短縮され、最短レコードは15日である。一方、日本では関西電力のデータによれば1991年で110日であったものを1999年には60日、最短レコードで31日となっている。なお、この関電データに表れる日本における定検期間の短縮は、点検保守方法を後述のような米国流のリスクベース方式に変更するのでなく、従来のTBM方式の点検項目数は減じることなしに、主として作業時間の延長、作業方法や設備の改善、工程管理方法の改善等の徹底によって達成されたものである。これ以上の日本でのプラント稼動率向上には、米国と同様のプラント運転の長期化を許容するための法律改正や、現行のプラント点検保守方法の見直しが課題として挙げられる。
一方、最近日本のBWRでの被曝線量が米国に比較して高くなっているのは、高経年化プラントでのシュラウドなどの炉内機器取り替え工事のためと思われる。なお、機器取り替えは高経年化対策のためであるが、プラント寿命の延長は経済性に直結するので高経年化対策およびその後の定期点検のあり方も重要な課題である。
原子力発電所の計画外停止率の減少、計画停止期間の短縮等、運転保守コスト改善に関係してこれまで改善が進められた項目を簡潔に記載する。
設備改善 | 原子炉格納容器内の作業空間の確保、機器配管の適正配置による放射能付着抑制、1次系機器の低Co材化、プレフィルミング、配管の電解ないし機械研磨による放射性物質付着抑制 |
水質管理 | 復水浄化系の二重化、給水系への酸素注入、定検時の配管の水抜き乾燥保管Fe/Niコントロール、Zn注入 |
作業管理 作業方法 |
成形遮蔽の設置、養生シートの利用、作業前のモックアップ訓練 |
作業工法の改善 | 自動燃料交換装置、CRD自動交換装置、ISI検査遠隔装置、溶接ロボット |
放射能除去 | 高線量配管のフラッシング、ジェット洗浄、化学除染 |
その他、新設プラントへは保守性を考えたプラント設計が検討され、既存軽水炉プラントではSG,シュラウド・ジェットポンプ・炉心支持板、中央制御室などの大型機器取り替え工事の経験も蓄積された.
米国では法律によるプラント寿命は40年に定められているが、運転許可取得後20-35年のプラントが最長20年の認可を更新できる規則が定められ、2001年8月現在で認可済み6基、申請済み14基、申請予定22基とのことである。既存プラントの運転延長は設備投資の追加もなく発電事業が継続できる経営上のうまみがあり、日本でもプラントの運転期間延長に備えた準備が始まっている。そのためには既認可寿命を越えて支障なくプラント運転が可能なことを保障する対策が必要である。日本における原子力発電所の高経年化対策は、電力事業者による自主的な保安活動として発電所の運転開始後30年を目安に「長期保全計画」として開始されるもので、その活動の概要を図6に示し、その詳細については参考文献(4)に譲る。
図6 日本における原子力発電所の高経年化対策
日本では電気事業法第54条に基づく定検を行っている。これは国が実施する検査で検査数は約90項目である。また、定検時に事業者が自主的に実施している定期点検の対象機器は最近のBWRでポンプ約100台、弁約3000台、熱交換器約30基、電動機約130台、計測機器の校正約6000台である。これらは基本的にTBMである(5)。一方、米国ではリスク情報を活用し、リスク評価に基づくTBM、CBMを行うとともにBDMを組み合わせた保全方式の採用が最近の米国原発運転の好成績の要因となっている。このため日本の電力界でもこのような方向でIT活用による定検合理化の検討が行われている。詳細は文献(6)に譲るが、このような保全高度化手法の効果を定性的ではあるが図7のように従来の点検手法に比較して説明している。米国ではPSAを用いたリスクベースの定検手法を開発しているようであり、日本の経済学分野での米国の金融工学導入のブームと同様、原子力においても米国流のリスク情報ベースの運転保守手法を採用して電力自由化における原子力の競争力強化に役立てることが期待される。さらなる未来技術の開拓では、SSSプロジェクトやその継続のFMSプロジェクト(7,8,9)、さらにはサテライト運転支援センターからプラントの運転や保守点検を支援するための次世代ヒューマンマシンシステムの研究(10)も開始されている。これらでは運転領域では高信頼性計装制御系の構成、事故時プラントの自動診断機能や自動制御機能の拡大、中央制御室のヒューマンマシンインタフェース機能の向上などの研究があり、一方、保守領域ではCBMのためのプラント機器状態モニタリング・診断・トレンド予測、保守作業場の被曝線量事前予測計算法、VRによる保守点検作業の教育訓練、保守作業員支援用インタフェースシステムなどの要素技術とともに、リスク情報ベースの保全管理を目指したプラント機器状態総合ネットワーク情報システムの開発を指向している。
図7 保全高度化手法の効果
本稿では、日韓両国での電力自由化の動向と、原子力発電の安全性・信頼性の向上と経済性の両立の観点での運転保守領域の日本での最近の取り組み情況を広く概観した。日本の原子力発電は、電力自由化への移行によって「安全性と経済性の両立」を意識せざるを得ない情況になってきた。
最近の日本では、JCO事故の発生や原子力への社会的受容の悪化とともに、原子力分野の研究は、原子力への世論の分析や組織の安全文化といった社会学的な研究にも拡散して来た。これらの社会学の研究からは、社会の原子力への安心感を得るため、判りやすい情報発信、社会への説明責任など、社会との対話コミュニケーションの改善が提起されている(11)。また、電力自由化の中での原子力の位置づけを、エネルギーセキュリテイや地球温暖化防止の面から検討する政策学的研究が始まっている。
結論として、電力自由化時代への原子力発電の運転保守技術の高度化の道は、より一層「安全性と経済性の両立」を達成しうる新しい要素技術を開拓し、実証していくとともに、益々進展するITネットワーク技術を活用してこれらの要素技術をプラント運転保守管理システムへ総合化することが大きな課題である。また、社会的規制のあり方やリスクベースの運用手法、エネルギーセキュリテイや地球環境保全などの外部コストの分析法など、原子力産業界に活力を生み出すための管理法、組織論、政策論の導出などの革新的な提案を生み出す、新たな社会技術的アプローチが求められる。