京都大学大学院エネルギー科学研究科
吉川 榮和、*近藤 寛子(*現在、日本原子力発電梶j
図1 原子力発電を巡る社会的課題の相関図
3. 技術継承に関する調査
行政機関、電力会社、製造業、サービス業、建設業、国公立研究機関、法人(財団・特殊)、大学教員等の原子力関係者にインタネットによるアンケート調査により、大略@原子力の技術継承への問題意識、Aその解決策として民間企業、政府、大学、そして産・官・学共同の取り組み策を聞いた。調査期間は2000年12月13日から2001年1月31日で、約1360名に通知し、388名から回答を得た(回収率約28.5%)。回答者の所属を研究セクタ(国公立研究機関、法人、大学)、電力セクタ(電力会社)、製造セクタ(プラント機器メーカ等)、に分けるとそれぞれ12.6%、47.2%、37.6%、その他は2.6%であった。
その結果、@については全体として「技術継承に問題があり、何らかの対策をとる必要がある」とするものが81.7%と多数を占めた。またAについての回答から技術継承への新たな取り組み策とそれを期待されている対象をまとめると大略表1のようになった。
表1 技術継承への新たな取り組み策
対象 |
取り組み策 |
民間企業 |
・技術継承をデータベース化するツールの開発 ・技術者養成機関の設立 |
政府 |
・大型プロジェクト(FBR,新型炉、モジュール型高温ガス炉)の継続・立ち上げ支援 ・国立技術・技能養成機関(技術者養成所、原子力大学院大学)の設立 |
大学 |
・人材育成を目指した基礎教育と研究の充実 ・エネルギー教育の指導者の育成 ・産官学共同の仕組み作りへの積極的参加と支援 |
産・官・学 |
・リスクコミュニケーションの活性化(フォーラムの開催など) ・技術者養成機関設立への積極的な協力 ・原子力の社会的適合性への取り組みの戦略化(学会活動への積極的な支援など) |
4. 電力自由化と原子力発電のかかわりに関する調査
アンケート調査に先立ち、世界における電力自由化の中での原子力発電の動向を文献調査し、その結果を各国のエネルギー事情と原子力発電の動向で類別化した。その結果を表2に示す。
表2 世界における電力自由化の中での原子力発電の動向
エネルギー事情 |
国名 |
原子力発電の動向 |
高いエネルギー自給率 |
アメリカ |
減価償却済み・高効率の原子力プラントの買収 稼働率の向上、耐用年数の延長 回収不能コストの回収措置 |
イギリス |
非化石燃料購入義務・化石燃料賦課金の制度化、国有原子力の民有化 |
|
比較的に低いエネルギー自給率と不確実な原子力オプション |
ドイツ |
脱原子力協定、産業界での合併・再編の活発化 |
スエーデン |
2010年までの原子力発電の段階的廃止予定 |
|
低いエネルギー自給率と大きな原子力オプション |
フランス |
従来通り原子力発電の国有 原子力発電を重要なエネルギー源と位置づけ |
とくに米国では電力自由化の進展の一方、最近原子力発電の運転保守技術の向上で経済性・信頼性の向上が著しい (1)。我が国はエネルギー自給率が著しく低くそれが故にオイルショックを契機に原子力発電の開発が進められたが、最近は世界の電力自由化の趨勢と世界的にも高い我が国の電力価格の低減を背景に一層の電力自由化の導入が検討されている。その中で原子力発電の位置づけが大きな議論となっている。電力自由化と原子力発電の課題に関する包括的展望については参考文献(2)等に譲り、ここではむしろ原子力従事者が「電力自由化が及ぼす原子力発電へ影響をどのように受け止め、どのような課題があると考えているか?」を知るために、アンケート調査を行った。調査期間は2001年11月30日から2002年1月5日、調査対象として、上記4と同様、研究セクタ、電力セクタ、製造メーカに対し、公開インタネット調査を行い、回答があったサンプル数は270であった。以下主な項目3つに絞り回答結果を要約する。
(1) 電力自由化の下での原子力発電への影響
約80%が電力自由化により既設・新設の原子力発電に影響が及ぶとしていた。セクタ別には製造セクタが他より比率が少ない。
(2) 電力自由化の下での原子力発電の運営形態
運営形態のオプションを国有化、従来通り電力会社、電力会社から原子力部門の分社化、電力会社の原子力部門の統廃合による新原子力発電会社化の4つに分けて望ましい運営形態とその理由を尋ねた結果を表3に示す。
表3 電力自由化の下での原子力発電の運営形態
運営形態 |
比率 |
理由 |
国有化 |
望ましくない(約70%) |
経営の非効率化招く、時代に逆行 |
電力会社 |
望ましい(約60%) |
エネルギーベストミックスが可能、安定供給の実績・経験 |
分社化 |
望ましくない(約60%) |
エネルギーベストミックスが不可能、組織縮小による不効率 |
統廃合 |
望ましい(約35%) |
経営基盤の安定化、技術の集約、人材確保 |
望ましくない(約40%) |
エネルギーベストミックスが不可能、競争力の低下 |
(3) 電力自由化の下での原子力発電の課題
多数の課題が挙げられていたが、多数意見として比率の大きかった3つを以下に示す。
@ 原子力発電に対する合意の形成・・・原子力発電の位置づけの明確化、積極的な情報公開と国民との対話、原子力発電の安全性の向上を挙げている。
A 原子力発電に対する種々の規制緩和・・・とくに原子力発電の耐用年数の延長を挙げている。
B バックエンド・核燃料サイクル技術開発の一層の推進・・・とくにバックエンド技術確立に国の支援を挙げている。
その他、高額な初期投資コストの解決に建設期間の短縮、建設コストの減少、原子力発電のリスク低減、国が回収不能コストに対する回収措置を認めることなどが挙げられていた。
5. 外部性評価と電源三法交付金制度に関する調査
最近欧米では大気汚染、酸性雨など環境問題の深刻化に対し、各種発電源の外部性評価を体系的に取り組む動きがある。外部性とは、「ある財の生産や消費に起因して生じた影響の一部が、その取引に適切に反映されないで、財の生産者、消費者が負担することなく第三者もしくは社会に転嫁されている状況もしくはもたらしている要因」であり、環境外部性と非環境外部性に分類される。このような外部性の評価には生産から消費、廃棄の全ライフにわたる炭酸ガス等の環境汚染物質排出量を求めるLCA以外に、価値付け手法としてVOSL(Value of Statistical Life), YOLL(Years of Life Lost), CVM(Contingency Valuation Method)などがある。ここでは、各種発電源を対象に環境外部性評価法(発電源のもたらす環境への影響評価法)として、LCAをさらに多角化し、地球温暖化、公衆の健康、職業人の健康、農作物、建築材料、騒音を評価するために欧米で開発されているExternE(3)を調査した。これによる英国での試算結果を図2に示す。
図2 ExternEによる各種発電源の環境外部性評価の試算結果
図2によれば原子力発電は、風力発電に次いで環境外部性の面で優れた電源と評価されている。勿論、この結果は英国を対象とするものであり、我が国に適用する場合、評価における仮定や計算法自体を検討しなければならないし、これが社会的受容性や社会的合意形成とどのように関わるかは今後の課題である。
ここでは環境外部性以外の非環境外部性についてアンケート調査に結びつける新しい試みを行った。各種発電源に起因する環境以外の影響としては、それに伴う正の要因として雇用創出や地域インフラの整備、あるいは負の要因として発電所立地が持ち込む各種の社会的要因による風評被害や潜在的な事故リスクといったものが考えられる。これらの正負の要因を心理的に総合評価するものとして、価値付け法が位置づけられるが、ここではこれを我が国の現実社会で解決する政策手段として運用されている電源三法交付金制度に着目した。なお、電源三法交付金制度とは、発電所の地元住民の理解と協力を得て、発電所立地を円滑に進めるために国が講じている対策である。(4)この制度のフレームを図示すると図3のようになり、結局はエネルギー・環境問題のもたらしうる非環境外部性問題を、消費者が電力会社に支払う電気料金収入へ政府が課税して立地住民に還元することにより解決するものと言える。
図3 電源三法交付金制度のフレーム
そこで電源三法交付金制度が非環境外部性問題の解決にどの程度の効果を及ぼしているかを評価するために郵送方式によるアンケート調査を行った。調査期間は2001年12月14日から2002年1月11日の間で近畿圏2府4県と福井県の地方自治体職員を対象に行い、回収率は69.9%であった。以下、主な結果を述べる。
(1) 電源三法交付金制度の発電所の立地促進、地域振興の観点からの有効性
約半数が現行制度を有効と評価していた。
(2) 電源三法交付金制度の問題点
以下を挙げていた。
@ 交付金の使途が弾力性に欠ける
A 総合的な地域振興が不可能である
B 立地地域と隣接地域に対する交付金が適当でない
(3) 発電所誘致について
以下を挙げていた。
@ 発電所の誘致は一般の産業誘致に比べて交付金や固定資産税の面で魅力的である
A 発電所の安全性、事故リスクおよび事故に対する風評被害等が発電所誘致の懸念材料になっている
B 発電所誘致による地域インフラ整備よりも電力料金の割引など住民全体に対する直接的なメリットが求められている
6. 結び:社会的課題の克服を目指して
原子力発電の社会的課題として本研究で取り上げた、技術継承、電力自由化、外部性評価を中心にして、原子力産業界が原子力発電の社会への定着、促進を目指すための構図を構想するとすれば、図4のように描くことができる。そして筆者らは、これに至るため、本稿に述べた社会調査の結果から、図5に示すような電力会社の原子力部門の統廃合による新原子力発電会社へ再編成する枠組みを新たに提起している(5)。但し、ここでは現在の原子力発電の主流である軽水炉型原子力発電を対象としている。(ここでは高速炉やウラン濃縮、核燃料工場、再処理工場、廃棄物処理・処分施設などの核燃料サイクル施設等の事業は対象としていない。これらのうち十分民間事業として成立しうるものは上記とは別の形の民間会社となり、そこに至っていないものは国の支援下に研究開発を継続する組織体を国レベルで議論することになろう。)
図4 原子力発電の社会への定着、促進を目指すための構図
図5 原子力発電の社会的課題を解決する枠組み
以上の前提で新原子力発電株式会社が電力自由化の下で如何に競争力を強化すべきかを考えると、既設炉に対しては「運転・保守費の低減と安全性・信頼性の向上の両立」のための(技術的および規制的)諸課題への一層の取り組み努力が必要である。また電力安定供給のため、基幹電源としての原子力発電の適切な位置づけと運用方式を確立すべきである。原子力発電の新設については今後の電力需要の伸び、すなわち今後の我が国の経済成長の帰趨に掛かっている。新規電源の需要に対し、自由化された電力市場の中で競争力のある電源として、またこれから高齢化する原子力発電所がいずれは迎える廃炉を代替するのに有効な電源として、初期建設コスト低減と建設期間短縮を達成する新型炉技術の確立とこれの市場化を支援する施策が望まれる。
参考文献
(1) B.L. Renwick: Nuclear Station Performance Fuels Industry Renaissance, Power, Vol.145, No.4, 2001, pp.24-30.
(2)矢島正之:電力改革 規制緩和の理論・実態・政策、東洋経済新報社、1998.
(3)伊藤慶四郎:ExternE、エネルギー資源学会誌Vol.21,No.6,pp.10-15, 2001.
(4)例えば十市 勉、小川芳樹、佐川直人:エネルギーと国の役割−地球温暖化時代の税制を考える−、3エネルギー税制の仕組みとその問題点、コロナ社、2001.
(5)吉川榮和、高橋とも、近藤寛子、早瀬賢一、永里善彦:エネルギー・環境問題への対応のための新エネルギーと原子力発電の社会との共生事業化構想、ヒューマンインタフェース学会研究会報告集、Vol.4,No.2,pp.15-20,2003.
この論文は、エネルギー・資源学会第19回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス(平成15年1月30-31日 東京・虎ノ門パストラル)で発表されました。(同会議講演論文集6-5,pp.173-178に掲載されています。) この研究でのアンケート調査の回答にご協力頂いた各地方自治体および原子力関係の方々に厚く御礼申し上げます。 |